東京キャラクターストリート(東京駅一番街)【東京考察349】

Tokyo Character Street (Tokyo Station No.1 Street)

東京キャラクターストリートは,東京駅八重洲口に広がる「東京駅一番街」の地下1階・日本橋側(北側)に設けられている販売エリアで,テレビ局のオフィシャルショップやウルトラマンなどの人気キャラクターを集めて販売しているエリアである.30あまりのショップが並んでおり,子供のおもちゃやお土産を買いたいときには寄ってみるといい.レゴショップ,クレヨンしんちゃん,トミカ,プラレール,スヌーピー,ムーミン,どんぐり共和国,NHKキャラショップ,ハローキティ,プリキュア,ポケモンなどなど,珍しいところでは松竹の歌舞伎グッズの店もある.
なお,おもちゃを買いたくないときは子供と一緒に通ってはいけない.ダダをこねられて必ず1つは何かを買わされる羽目になってしまう.

東京駅一番街の地下1階にお店が並んでいる.

レゴブロックは子供に人気.最近はアウトレットモールからショップが撤退しているのでありがたい.全国11店あるレゴショップのうちの一つ.

クレヨンしんちゃんオフィシャルショップ.

プレミアムポップアップストア.ディズニーなどをキデイランドが販売するショップ.

東京キャラクターストリート.

快速バス 東京駅丸の内南口-お台場循環[都バスで東京発見]

東京駅から銀座・レインボーブリッジを経由してお台場までを結ぶ座席定員制の快速バス路線

快速バス 東京駅丸の内南口⇔お台場循環(経由)お台場海浜公園駅・船の科学館駅 目黒営業所

路線keyword:レインボーブリッジ,お台場,臨海副都心,銀座


今や一大観光スポットとなっているお台場までを結ぶ路線であるが、観光バスの車両を用いた座席定員制の快速バスで、料金が300円となっている。お台場までのアクセスとしては新交通システムのゆりかもめが思い浮かぶが、東京駅からお台場に行こうと思った場合、新橋でゆりかもめに乗り換えるよりも、この快速バスを利用した方が値段も安いし快適である。また、快速バスのサービスとして誕生日に乗車する人は無料になる特典がある。
発車は東京駅丸の内口(赤煉瓦駅舎)の南口から出発する。東京中央郵便局前を発車し、東京日帰りツアー観光の定番であるはとバスのりば横を通り過ぎ、元都庁跡地であった東京国際フォーラムの横を走っていく。
看板のないすっきりとした丸の内のビジネス街から有楽町・銀座のネオンきらめく賑やかな街に入っていく。マリオン前・銀座4丁目で乗客を乗せ、あとはお台場まで直行する。
三原橋交差点で昭和通りへ右折する。左手を眺めると歌舞伎座の江戸時代を思わせるような面構えを見ることができる。
右手に汐留の再開発地、左手に浜離宮庭園の緑を眺め、ゆりかもめの水色の高架橋が現れると、それに沿って走っていく。左手に四季劇場が過ぎ去り、三宅島や八丈島・小笠原諸島への乗船口である竹芝桟橋となる。竹芝桟橋は新しくリニューアルされ、真新しい再開発ビルが建ち並ぶ。
浜崎橋で運河を渡り、左手にレインボーブリッジが現れると、隅田川やお台場への水上バスのりばのある日の出桟橋となる。はとバスなどの大型観光バスが数多く停車している。
バスはお台場・船の科学館駅まで、ゆりかもめの高架にそって走っていく。大倉庫群の建つ芝浦埠頭を走り、レインボーブリッジにさしかかる。レインボーブリッジは2層構造となっており、上が首都高速道路、下が一般道路とゆりかもめとなっている。このバスは下の一般道路を走っていくのであるが、これらは橋への勾配やカーブのアプローチがとれないため、ぐるりとループ状に1周走って坂を上り橋にのっかるルートをとっている。左手にフジテレビ本社、コンテナ埠頭、天王洲アイル、東京タワーを見て、ぐるりと右回りに1周し、レインボーブリッジに入る。
非常に眺めはよい。といってもフェンスや橋の構造物で視界が遮られることもあるが、晴海埠頭や東京港が一望できる。江戸時代の砲台が配備されていたお台場が右手に見えて、橋を終わると臨海副都心・お台場海浜公園駅となる。
副都心とは、都心部への業務機能の集中を分散させて多心型都市構造への転換を図るために設けられた地区のことで、池袋、新宿、渋谷、大崎、上野・浅草、錦糸町・亀戸、そしてこの臨海副都心の7つが副都心として指定されている。東京都市博覧会の中止決定以降、景気の低迷も影響して、臨海副都心開発の見直しについての議論が行われ、就業人口10万6千人、居住人口6万3千人の街から、7万人が働き、4万人が生活する街を開発することに変更された。開発目標年度は21世紀初頭を目指して国際化・情報化に対応した機能を整備する計画である。
さらに細かく臨海副都心を探ってみると、有明北地区、有明南地区、台場地区、青海地区の4つの地区に分かれており、それぞれテーマを設定して開発が行われている。ちなみに臨海副都心全体のテーマは「国際化、情報化に対応した未来型の副都心」となっている。
臨海副都心の近未来的な風景のお台場をぐるりと走る。フジテレビ前、台場駅、船の科学館駅、パレットタウン(青海駅)と止まり、東京駅へ向かう乗客と、東京駅から乗ってきた乗客が少しずつ入れ替わっていく。そして、バスは再び銀座4丁目・東京駅へ向けて戻っていく。循環バスなので、ぼけっとしていると戻ってしまうので注意が必要である。

なお,現在この路線は廃止され,運行していない.

東98 等々力(操車所)⇔東京駅南口[都バスで東京発見]

東京駅と世田谷区等々力を目黒通りで結ぶ長距離路線

東98 等々力(操車所)⇔東京駅南口(経由)目黒駅・東京タワー 目黒営業所

路線keyword:目黒通り,新山の手住宅地(目黒区),東京タワー,赤煉瓦駅舎


赤煉瓦駅舎の東京駅丸の内口(南口)から、山の手住宅地として人気の高い目黒区を通って、神奈川県との県境近くである世田谷区等々力駅までを結ぶ路線である。東急バスと共同運行しており、東京駅で赤い帯を締めた東急バスの姿を見ることができる。
内幸町までは黒10系統と同じルートを走る。
内幸町にて右折し国会通りに入る。右手には比谷公会堂・市政会館、都立日比谷図書館が現れ、バスは次の家裁前交差点にて左折する。まっすぐ進めば霞が関となって国会議事堂に突き当たる。家裁前交差点の左手にはロンドンの二階建てバスをそのまま喫茶店にした店が過ぎ去って、通産省前停留所となる。
中小オフィスビルの立ち並ぶ西新橋界隈の2車線道路をバスは南に走っていく。左手に東京慈恵会医科大学看護専門学校、続いて芝公園が現れて突き当たりを右折すると東京タワー停留所となる。東京タワーはあまりにも近すぎる為に右側の窓側に座って首をひねり上げないと見ることができない。左には東京プリンスホテルがある。
赤羽橋を通り桜田通り(国道1号)となる。三田二丁目にて右折すると右手に慶應義塾大学が現れて正門前となる。魚藍坂下を過ぎて清正公前になると目黒通りに右折する。ここが目黒通りの起点である。赤羽橋から清正公前までは右左折を繰り返したが、通り名は同じ桜田通り(国道1号)である。
坂を上って白金台となり、首都高速と交差してしばらく走ると駅ビル「サンメグロ」が見えて目黒駅前となる。
ここから先は東急バスのエリアとなる。権之助坂<説明>と呼ばれる大きな坂を下って目黒川を渡り、今度は坂を上って大鳥神社前となる。山手通りと横切り、かつては競馬場のあった元競馬場停留所となる。バス停の名前には、かつての街の様子を伝えてくれるものもあり、路線バス旅の魅力の一つである。
三代将軍家光の鷹狩りの狩猟地であった鷹番、そして碑文谷を過ぎ、柿の木坂陸橋にて環七通りと横切り、東急東横線のガードを上に見て都立大学駅前となる。この辺りは昭和以降に高級住宅街として人気の高くなった地域であり、現在の「山の手住宅地」と言えば目黒区・世田谷区あたりのことを指す。付近には芸能人も多く住んでいる。目黒通りからの風景では高級住宅街の家並みを見ることは難しいが、一歩裏の路地に入ると庭付きの豪華な一戸建て住宅が現れ、そこには東急バスが縦横無尽に走っている。
ケニア大使館のある八雲を過ぎ、目黒区から世田谷区に入って等々力となる。密度の低い住宅地の広がるところである。この辺りまでくると、丸の内や日比谷、霞が関のピリッとした緊張感の走る刺々しさがなくなり、静閑な住宅街の様相を呈するようになる。東急大井町線を越える陸橋には上らずに側道に入り、線路手前を右折する。そして終点等々力駅前に到着する。等々力操車所は少しまっすぐ行ったところにあり、始発はその操車所からの発車となる。

茶81 渋谷駅⇔御茶ノ水駅(順天堂病院)[都バスで東京発見]

青山を突き抜けて番町を走る路線

茶81 渋谷駅⇔御茶ノ水駅(順天堂病院)(経由)青山一丁目駅・神保町 渋谷営業所

路線keyword:青山界隈,青山通り,番町,順天堂病院,靖国神社,本屋街・学生街


御茶ノ水駅行のバスは、渋谷駅東口の都営バスターミナルの最前端部分から発車する。宮益坂を登りながら渋谷の繁華街を走り、国道246号線・青山通りと合流する。あとは三宅坂の手前の最高裁判所まで、都心部では珍しく8車線もある広々とした青山通りを東に進んでいく。
右手に青山学院大学が現れて表参道となり、お洒落な店の多く集まる青山界隈となる。表参道交差点で左を眺めると、クリスマスの電飾ツリーで有名なケヤキ並木と道路左右に建つ石灯籠が目に入る。青山三丁目交差点左前方には、ファッションショッピングビルの草分け的存在である青山ベルコモンズが通り過ぎ、神宮外苑にほど近くなって外苑前となる。青山二丁目交差点で左を見ると、神宮外苑絵画館前に延びる立派なイチョウ並木が続いており、軸線を持つ美しいビスタ景観を見ることができる。
青山一丁目を過ぎると、左手に森が出現する。東宮御所、三笠宮邸、寛仁親王邸、秩父宮邸、迎賓館の存在する赤坂御用地である。そのうちの三笠宮邸、寛仁親王邸、秩父宮邸は青山通りのすぐ近くに建っており、入口の門前では警視庁の警備員の姿を見つけることができる。
赤坂見附交差点を陸橋にて通り過ぎ、陸橋の上からは右手に東急ホテル、左手にホテルニューオータニ・赤坂プリンスホテルのビル群を眺めることができる。地下鉄永田町駅を通り、最高裁判所手前でバスは左に大きく曲がる。直進すれば皇居に突き当たって三宅坂となる。
右手に石造りの堅牢な建物である最高裁判所(1972(昭和47)年完成)の裏を眺め、ほんの一瞬であるが国立劇場(1966(昭和41)年完成)の裏手の昇り旗を見ることができる。バスは路上駐車の多い2車線の道を北に進む。そして坂も多くなり、坂を下って一番町、坂を上って三番町の停留所となり、左手には大妻女子大学が現れる。
番町は、江戸期において旗本の多く居住武家地であったところであり、戦前までは華族をはじめ高級官僚等の邸宅の多いお屋敷町であった。現在でも都心有数の超高級住宅街として、独特の落ちつきのある界隈である。バスは再び下って、再び上って靖国神社交差点を右折、靖国通りへ入る。
左手は、終戦の1945(昭和20)年までに戦争などの国事で倒れた約250万人の霊をまつる靖国神社である。坂を下ると、右手には日本武道館への入口でもある北の丸公園の入口・田安門が現れ、千鳥ヶ渕のお濠が見える。
営団地下鉄東西線九段下駅を通り、古本屋や本屋の連なる神田・神保町の本屋街を通り抜けて駿河台下を左折し、明治大学を左に眺めて学生街を走るとお茶の水橋の橋上に停留所のあるJR御茶ノ水駅前となる。眼下にJR中央・総武線と神田川を眺めることができる。バスはここで終点とならず、そのまま直進して東京医科歯科大学を右手に見ながら、左手に順天堂病院が現れると終点となる。

平成12年12月、唯一青山通りを走る路線であったが、廃止された。

秋76 新宿車庫⇔秋葉原駅東口[都バスで東京発見]

初台・新宿・飯田橋・秋葉原と都心を東西に結ぶ路線

秋76 新宿車庫⇔秋葉原駅東口(経由)新宿駅西口・飯田橋 新宿営業所

路線keyword:峡谷のような神田川,牛込界隈,秋葉原電気街,歌舞伎町


秋葉原駅東口バスのりばは、営団地下鉄日比谷線秋葉原駅近くの小さな公園の前に存在する。新宿車庫・飯田橋間の折返し便が多数存在する路線であるが、日曜の日中には秋葉原等への買い物客を考慮して、全便全区間の運行となっている。
秋葉原駅を発車すると、右手に電気街、左手に神田川に架かる万世橋を見て中央通りを横切り、高い位置に架けられているJR総武線のグリーンの鉄橋下を通り抜ける。バスは飯田橋まで、神田川・JR総武・中央線に沿って走っていく。
左手に美しいアーチの形をした聖橋と神田川、そしてその奥にJR御茶ノ水駅が見えると、御茶ノ水駅停留所となる。御茶ノ水駅から順天堂大学前を通り過ぎると、左手には深く掘られた峡谷のような神田川と、その崖っぷちに走るJR線、崖上にそびえ立つビルディングが眺められ、東京ではあまり見られない一風変わった風景となる。この辺りの神田川は、江戸時代において駿河台の北側を開削して江戸城の外堀にしようと人工的に掘られたものである。
水道橋となり、右手に後楽園・東京ドームの正面入口と後楽園ゆうえんちのパラシュートが現れ、続いて後楽園の黄色いビル、青いビルが現れる。
飯田橋となり、左手に飯田橋駅と再開発ビルが現れて、飯田橋交差点を右斜め前方の大久保通りへ右折する。ここからは2車線の道路となり、坂が多くなる。
坂を上ると右手に東京厚生年金病院が現れ、続いて神楽坂となる。この辺りの地図を開いてみると、町名が細かく分割されていて、なおかつ丁目がないことに気づく。昭和37(1962)年に住居表示に関する法律が施行されて、町名の改正や地番整理が行われたが、この地域は昔から続く町名がそのまま踏襲され、変更されなかった。バスは、地下鉄の交通が不便な新宿区東部の牛込界隈の住宅街の中を走っていく。
若松町にて左前方の道に入り、東京女子医大病院と臨海副都心への移転を間近に控えたフジテレビ本社が近くに存在する河田町となる。このバスは両者の正門前は通らない。
抜弁天を通り、大久保一丁目にて明治通りに左折する。新宿駅から飯田橋へ向かうバスは明治通りを通らず、歌舞伎町の新宿区役所前を走るルートとなる。
新宿五丁目で靖国通りに右折し、大繁華街・新宿歌舞伎町の賑やかな街並みとなる。派手な看板の立ち並ぶ歌舞伎町を突っ切り、JRの大ガードをくぐって左折すると、バスターミナルの広がる新宿駅西口の広場となる。バスは小田急百貨店に沿って西口広場を走り、小田急百貨店に隣接する京王デパート前に来ると新宿駅西口停留所となる。右手には新宿副都心の超高層ビルが幾つもそびえ立っている。
バスは初台にほど近い新宿車庫まで運行する。新宿駅にて若干の乗客を乗せ、国道20号・甲州街道へと右折する。正面には新宿パークタワーの3棟の超高層ビルが、左手には文化服装学院が現れる。新宿パークタワーへ行くビジネスマンは西参道で降車する。
初台交差点にてバスは右折し、左手に新宿オペラシティータワーが現れると、右手に新宿車庫が現れて終点となる。新宿車庫は、背景に都庁や新宿パークタワー等の超高層ビル群が立ち並んでいる景観の中に、都営バスがズラリと並んでいる光景が見られる、都会的な風景画が楽しめる場所である。

平成12年12月、大江戸線の開通により廃止された。

高71 高田馬場駅-九段下[都バスで東京発見]

高田馬場から防衛庁前を通り靖国神社・日本武道館のある九段下までを結ぶ路線

高71 高田馬場駅⇔九段下(経由)大久保通り・市ヶ谷駅 小滝橋営業所

路線keyword:靖国神社,日本武道館,防衛庁,BIGBOX


高田馬場駅から九段下までの路線は、他に小滝橋車庫からやってくる江戸川橋経由の飯64系統がある。
BIGBOX横を発車し、商店の並ぶ緩やかな登り坂の続く駅前通りを走る。明治通りにでて、新宿方面に進路を向ける。大久保1丁目で左折し、かつてフジテレビ本社のあった河田町となる。東京女子医大前、韓国学校を通り過ぎ、市ヶ谷界隈を走っていく。
防衛庁が左に見えてきて左折、合羽坂下となる。左手には塀とセキュリティーのセンサーが張り巡らされている敷地が続く。自衛隊市ヶ谷駐屯地そして防衛庁の立派な建物が現れる。広々とした庭を備える、豪華なリゾートホテルのような趣である。左手に釣り堀と市ヶ谷駅ホームを見ながらお堀を渡ると、市ヶ谷駅前となる。
左手に瓦屋根の塀と緑の茂みが現れた。靖国神社である。右手に皇居北の丸公園と日本武道館が見えると終点九段下となる。

橋63 大久保駅⇔新橋駅[都バスで東京発見]

官僚の街を垣間見て国会議事堂を正面から眺められる唯一の路線

橋63 大久保駅⇔新橋駅(経由)市ヶ谷駅・国会議事堂 小滝橋営業所

路線keyword:国会議事堂,永田町,霞ヶ関,日テレ,番町,外国(韓国)人街


新橋を出発すると虎ノ門方面に向けて正面に霞ヶ関ビルを望みながらバスは走る。日本石油の眩しいほど輝く黄金の「希望の像」を右手に見ると、バスは右折し日比谷通りに入る。左手に日比谷シティーが現れる。内幸町にて今度は左折し、右手には市政会館(日比谷公会堂)、都立日比谷図書館、その背後に日比谷公園が存在する。
ここから先は、日本の中枢を担っている中央官庁街・霞ヶ関となる。まず手始めに、通商産業省が左手に現れ、家庭裁判所、合同庁舎5号館(厚生省・労働省・環境庁・国土庁・社会保険庁)、農林水産省(食糧庁・林野庁・水産庁)が右手に現れる。続いて次の街区に移ると、左手には大蔵省と合同庁舎4号館(総務庁・経済企画庁・北海道開発庁・国税庁)、右手には外務省・科学技術庁・公正取引委員会の建物が現れる。春になると街路樹の桜並木が美しく咲き誇る。正面に目を移すと、国会議事堂の姿がいつの間にか現れていた。現在の国会議事堂は、昭和11年に内幸町より移転してきたものである。
バスは、高さ65mの中央塔を左手に眺めながら国会議事堂横を南から北まで走る。北端になるとバスは左折し、今度は国会議事堂の横顔を眺めながら、日本で出版された全ての本の納品を義務づけている国会図書館前を通り過ぎる。そして、自由民主党の本部が見えると永田町となる。第2次世界大戦前までは、陸軍参謀本部として知られていた場所である。
この先の交差点は、国の中枢機関への警備のために事ある毎に検問所が設けられる場所である。不審者(外宣車やデモ隊など)が国会や霞ヶ関方面に進入しようとするときは、アコーデオン式の門を素早く道路に引いて、不審者を入れさせないようにする。
バスは青山通りに入るが、すぐに右折する。この右折の仕方が、ひとつの見物である。ここには信号機が取り付けられておらず、運転手が手を上げながら交通量の多い片側3(4かも)車線の自動車を強引に停止させて右折する。大型バスでなければ出来ない芸当である。ここからは2車線(両側)の狭い道になって平河町となる。
麹町となって晴海通りを鍵型に走ってバスは直進し、坂を下って上って江戸時代にはお屋敷が建ち並んでいた番長界隈となる。4チャンネルの日テレ前を通り過ぎ(ズームイン朝で後ろにグリーンの都バスが通り過ぎるときがあるが、あれはこの路線です)、坂を再び下ると市ヶ谷駅前となる。路上駐車が多く道も狭いので、非常に運転しづらいところであろう。
お堀を渡って右左折を繰り返すと、再び2車線の道路となり、牛込界隈となる。この辺りの地図を眺めると、町名の整理が行われておらず、旧町名が数多く残っている地域であることが伺える。山手台地の下町らしい街並みが続いていく。
牛込北町で左折し大久保通りとなる。国際医療センター、総務庁統計局前、戸山町を通り過ぎ、明治通りと交差する。大久保2丁目を過ぎると韓国のハングル文字が多くなり、新大久保駅となる。この界隈は韓国人などの外国人街が形成されており、地元商店街でもどのようにコミュニケーションを図っていくかがテーマとなっている。
左手には新宿副都心の超高層ビルがちょっと見えて、中央線の赤と総武線の黄色の電車が見えると、終点大久保駅となる。ここまで約1時間の旅路である。

水59 巣鴨駅⇔一ツ橋[都バスで東京発見]

巣鴨と一ツ橋を結ぶ都営三田線と平行に走る路線

水59 巣鴨駅⇔一ツ橋(経由)白山上・水道橋駅 巣鴨営業所

路線keyword:巨大な東京ドーム,後楽園遊園地,文京区,神保町本屋街


 

東京都交通局の地下鉄と競合する路線であるが、沿線に住むご老人のアクセスを考慮して、運行が継続されているであろうと思われる路線である。本数も少なく、乗客も必然的に老人が多い。
巣鴨駅から白山通りを南下し、千石駅を出ると旧白山通りの二車線の狭い道に入っていく。東洋大学前を通り、白山上(白山駅)となって、坂を下ると、白山下となる。旧道が終わって、再び、大通りの白山通りとなる。
文京区役所前を過ぎると、左手に文京区役所の高層ビルが見え、その隣に巨大な真っ白の東京ドームが現れ、観覧車も現れる。地下鉄丸の内線のガードをくぐり、後楽園遊園地の入り組んだジェットコースターを右手に見て、水道橋駅となる。
雰囲気はがらりと変わり、神保町の本屋街となって、ちょっと走ると終点一ツ橋となる。乗客の少ない寂しい終点である。

平成12年12月、廃止された。

東43 荒川土手(江北橋下)⇔ 東京駅北口[都バスで東京発見]

下町・川の手地域からビジネス街まで南北に縦断する路線

東43 荒川土手(江北橋下)⇔東京駅北口(経由)田端駅・御茶ノ水駅 北営業所

路線keyword:荒川土手,工場地帯,旧山の手,東京大学,大手町ビジネス街,赤煉瓦駅舎,狭路


江北橋(足立区)より少し北側に入ったところに荒川土手操車所が存在する。「荒川土手」と言っても場所は広範囲にわたり、何処の荒川土手なのかを明記しないと場所がわからず、近年、バスの方向幕に括弧書きで(江北橋下)と記載されるようになった。
幅の狭い道路に面して操車所が設けられているので、バスが操車場に入るときは、道路に走る車を誘導員が止めてから、バックをして定位置に入る。東京駅北口行はそんな荒川土手操車所前から発車する。なお、荒川土手行のバスは、一つ手前の荒川土手(江北橋下)停留所で終点となり、荒川土手操車所前停留所までは乗車できない。
正面に荒川土手の堤防が現るとバスは左折し、首都高速川口線(C2)の高架下を走る。高速のジャンクション下にてバスは右に入って坂を登り江北橋を渡る。右手には首都高速王子線(仮称・未開通)の真新しい江北橋が見え、都会の密度の高い圧迫的な空間とは違う開放的な荒川土手が広がる。
宮城にて左折し、工場の多い地区を走っていく。この辺りの宮城・小台は荒川と隅田川に囲まれた交通不便な地域でもあり、この地域にとってこの路線はJR田端駅までのアクセスとして利用されている。その為に駒込病院までの便が多数存在している。右手に荒川遊園地の観覧車が見えると小台二丁目となり、工場地帯の狭路をくねりながらバスは走る。
小台橋で隅田川を渡ると荒川区・西尾久となり、両側に商店街が続くようになる。小台にて都電荒川線と交差するが、ここは小台という町名ではないのだが、何故か都電と都バスの停留所には「小台」と名付けられている。明治通りを横切って北区となり、JRの引き込み線踏切を越えて下田端となる。そして、突き当たりを左折すると、右手にJR東日本東京地域本社のビルを眺めて、JR山手線・京浜東北線を田端大橋の陸橋で越えると田端駅前となる。ここでかなりの乗客が下車する。
田端駅を出るとバスは下町低地から山の手台地に入り、切り通しの中を通り抜ける。動坂下で不忍通りと交差して、急坂を登ると都立駒込病院が右手に現れる。
この辺りから街路樹の緑が目立ちだし、イチョウ並木が続く文京区のお寺の多い地域を走っていく。そして、本駒込にて本郷通りに合流する。ここから本郷二丁目までは茶51系統と同じルートを走る。東京大学を左に見て、正門・赤門を通り越すと本郷三丁目となる。本郷二丁目からバスは右に曲がって、順天堂病院、東京医科歯科大学を左に見て、神田川と美しい聖橋を眺めながら橋を渡ると、御茶ノ水駅前となる。
楽器専門店やスキー専門店などが多く連なる学生街を徐々に下りながら、右手に明治大学を眺めて、三省堂書店本店が見えると駿河台下交差点となる。本屋街・神田神保町は右手すぐのところにある。
駿河台下を過ぎると、オフィス街の様相を呈するようになる。近代的なビルディングが建ち並んでいる。神田錦町にて上下線が別れ、東京では珍しい5車線の一方通行の道を走る。神田橋にて日本橋川を渡り、首都高神田橋ランプを通り過ぎる。右手には気象庁・消防庁等が存在する大手町合同庁舎が見え、ビジネス街の中心地・大手町となる。
右手に皇居のお濠と森が見えるとバスは左折する。大正3(1914)年にオランダのアムステルダム中央駅を参考にして辰野金吾が設計したルネサンス様式赤煉瓦駅舎・東京駅丸の内口の姿が見えると、終点東京駅北口となる。

東42乙 南千住⇔秋葉原駅[都バスで東京発見]

白髭橋から蔵前まで隅田川に沿って走り、南千住・秋葉原間を結ぶ路線

東42乙 南千住⇔秋葉原駅(経由)駒形橋 南千住営業所

路線keyword:隅田川橋梁群,隅田川リバーサイド,靴履物問屋街,玩具問屋街,浅草松屋前


東42甲系統と同じく、後ろにJR貨物線、営団地下鉄日比谷線南千住駅の高架駅舎を眺められる停留所から発車する。
泪橋交差点にて左折し、明治通りを東に走る。左手に丸いガスタンクが建ち並ぶ東京ガス工場を眺めて、白髭橋手前にてバスは右に曲がる。ここからは一方通行路となる。従って、往路と復路では運行ルートが違っており、南千住へ向かうバスは西に300m程行ったところにある北向きの一方通行路を走っていく。
バスは橋場、今戸といった隅田川のリバーサイド地区を走っていく。沿線は中小工業の集まる地域であり、毎年7月最終土曜日に開催される隅田川花火大会の時には、打ち上げ第1会場に近いことから大いに賑わう所でもある。隅田川の堤防といえば、かつてはコンクリート製の俗に言うカミソリ型堤防と呼ばれる無味乾燥としたもので水面を見ることが出来なかったが、隅田川の水質が向上したこともあって、近年では堤防の川側に散策路等のテラスを設けて水に親しめるように整備された堤防を多く目にするようになった。左手にはリバーサイドスポーツセンター、隅田公園が過ぎ去る。桜橋は左手奥に存在する。<説明>そして、言問橋西詰より江戸通り(国道6号)となって、花川戸の靴履物問屋街を走り、浅草松屋前・東武浅草駅となる。
秋葉原行のバスは浅草雷門前を通るルートとなる。上路アーチ橋である吾妻橋と金色の炎のオブジェを左手に見ると右折し、大きな赤い提灯のぶら下がる浅草雷門を右手に見ると左折し、浅草雷門停留所となる。本路線には、浅草雷門折返しとなる便が多数設定されている。
続いて中路アーチ橋である水色の駒形橋を左に見てバスは直進し、ビルの多くなった駒形を走っていく。厩橋交差点に差し掛かると、左手には下路アーチ橋である厩橋が現れバスはさらに直進する。玩具問屋街が現われて、かつては国技館が近くに存在していた都営地下鉄浅草線蔵前駅前となって、バスは蔵前一丁目交差点を右に曲がるのだが、左手を凝視しているとほんの一瞬だけ上路アーチ橋である蔵前橋を見ることができる。ここで隅田川とはお別れである。
ここで橋について少し触れておこう。橋梁は、自動車や歩行者の渡る通路を橋の側面から眺めた位置によって、上路橋・中路橋・下路橋の3種類に分けられている。つまり、通路が橋の上側にあるアーチ型の橋を「上路アーチ橋」、通路が橋の中央付近にあるアーチ橋を「中路アーチ橋」、通路が橋の下側にあるアーチ橋を「下路アーチ橋」と言う。中路アーチ橋や下路アーチ橋はバスの車内から眺めてみて、アーチ橋であることが一目で分かるが、上路アーチ橋の場合、道路がアーチの上側に設けられているので、川べりに行って橋の下側を眺めるか、川の上から橋を見上げないと、アーチの形を認識することは難しい。
隅田川に架かる6大橋(相生,永代,清洲,蔵前,駒形,言問)は関東大震災後の震災復興事業によって架け直されたもので、それぞれ異なった形式の橋をデザインし、現在でも東京の名所として有名な建造物である。
蔵前橋通りを東に走り、首都高速の高架道路が正面に見えてくると昭和通りへと左折する。しばらく高速の下を走ると、昭和通りにある終点秋葉原駅東口停留所に到着する。JR線の駅前からは少し離れており、駅東口はバスが向かっていた進行方向右手奥に存在している。