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礼文島   (れぶん) 
                                      
1993,2執筆



  


紀行文「最果て紀行」(その2・礼文島)

(利尻島より続く)
 午後12時、礼文島・香深港に到着した。礼文島は利尻島より12q北に位置し、周囲72q、面積82ku、利尻島とは違って南北に細長い島である。島全体は丘陵地となっており、島東側は南北に貫く道路が走り集落が点在するが、西側は海食岩が断崖絶壁となって海に臨み、人を寄せつける気配が全くない。利尻島と共に、高山植物が海抜0mから群生し、「花の浮き島」とも呼ばれている。断崖絶壁の西海岸には8時間ハイキングコースがある。
 島北端のスコトン岬に行ってみることにした。岬行のバスまではまだ時間があったので、昼食をとり待合室で待った。香深港ターミナルは鴛泊と同様、真新しい立派な建物だった。
 桟橋が賑やかになってきた。折り返し稚内行きフェリーの見送りの人々である。僕も桟橋へ出てみた。
 若者が多かった。3人組の青年が大声で歌を歌い、応援団のように大きな身振り手振りを加えながら別れを惜しんでいる。一方では一人ギター片手に歌を弾き語り、別れを告げている。船の甲板には数十人の若者が桟橋に向かって手を振り合い、別れの言葉を叫でいる。人それぞれ、自分なりの別れを表現していた。紙テープが何本も投げられた。
「○○大学ユースホステル部のますますの発展を祈って、三本〆めを行います!」
大声と共に手拍子が行われた。
 出航間近になると「蛍の光」がしみじみと流れ始めた。
「またこいよー。」
「さようならー。」
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ。」
若者達の顔は笑顔で満ちていた。真に別れを惜しみ、思い出を胸にかかえている顔だった。つながりを求めてユースホステル桃岩荘に集まる若者たちの青春をかいま見たような気がした。
 4人の乗客を乗せ、スコトン岬へ向けてバスは発車した。町を抜けると島東側の海岸通りを北に向かって走る。右には海に浮かぶ利尻島が望める。山頂は見えなかったが、朝よりはだいぶ雲が無くなっているように思える。道路は利尻島の方が整備されており、こちらは狭路も残る田舎道といった感じだった。
 「日本離れした風景」とはまさにこのことを言うのか。北海道本土に住む人間でさえ、利尻礼文は美しい所だと言う。樹木はほとんど見当たらず、地の起伏に沿って荒涼とした草原が続いていた。
  香深井、起登臼、上泊と過ぎ、飛行場のある船泊を過ぎた。バスはのんびりゆっくりした速度で走り続けた。北海道のバスにしては珍しいようにも思う。
 僕はこのバスの折り返しで香深港に戻らなければならなかった。スコトン岬で与えられた時間はたった2分である。 須古屯の集落を過ぎ、あと少しで終点に着くというところで、念のため、運転手さんに聞いてみた。
「このバスはすぐ折り返しになるんですよね。17時のフェリーに乗るためにはこのバスで戻らないと間に合いませんよね。」
バスは今までの緩慢さが嘘のようにスピードを上げ、草原を勢いよく走り出した。
「もう少し早く言ってくれればよかったのに。」
そして岬の駐車場に着いた。
「ここを(14時)10分に発車するから。すぐそこが岬だから見てきていいよ。」
発車を5分延ばしてくれた。スコトンの地をこの足で踏めるのだった。急いで岬の先端へ向かった。


   
スコトン岬                     メノウ海岸           


 前方にトド島が見え、断崖の突き出した先端にやってきた。写真を撮り、「最北限の公衆トイレ」と書かれたトイレに入った。宗谷岬とスコトン岬の緯度はほとんど変わらないが、若干宗谷岬の方が北に位置しており、それで「最北・限」という表現になったのだという。中途半端なシーズンの為か、観光客はほとんどおらず、曇り空と相まって風の吹く寂しい所だった。バスを待たせていることから、じっくりとその風景に浸っている余裕はなく、急いでバスに戻った。
 15時を少し回った所で、香深の港に戻ってきた。さて、この島で一番楽しみにしていたこと、それは「うに丼」である。これだけは何が何でも実行しようと思っていた。いよいよ、それを食べれる時がきた。町中へ、いざ出陣である。
 街は静かであった。人通りは全くない。適当に歩いていれば店があるだろうと思い、ぶらぶらと歩いていた。役場前を通り過ぎてしばらく行くと、「うに丼」と書かれた大きな旗を立てかけている店があった。迷わず店内に入った。
 客は誰もいなかった。注文を聞かれ、ここでも迷わず、
「うに丼を一つ。」
 うに丼にも量によっていくつかの種類に分けられており、器を大きくしたものが「ジャンボうに丼」、うにを2層にしたものが「ダブルうに丼」。ダブルうに丼の値段は普通のうに丼の2倍、うにも2倍なら値段も2倍というわけである。また、うにの入ったおにぎりを「うにぎり」と名付けて売っていた。隣の机に無造作に置いてあった北海道新聞を読みながら、出来上がるのを待った。
 うに丼がやってきた。結構間口(横幅)の広いどんぶりである。ふたがかぶさっていた。
「まず、ふたを取って下さい。」
何か特別な食べ方でもあるのだろうか。言われるままにふたを開けた。ご対面である。御飯の上にのりを挟んで黄色とオレンジのうにが、うつわ一面に敷き詰められていた。白米が見えない! うには黄金のようにキラキラと光り輝いていた。
「そのふたにしょうゆを垂らして、わさびを溶いて、それをかけてから食べて下さい。」
その通り実行した。まずは吸い物を一口すすり、そして、うに丼を口にほおばった。
 あまい。うまい。
 臭みが全くない。次から次へと箸の単振動が続いた。至上の幸福感でいっぱいである……。
 食べ終るのは早かった。5分位だったろうか。貧乏くさい話になるが、このうに丼は3500円なので、1分当たりに換算すると700円、1秒当たりでは約12円であった。
 香深のフェリーターミナルに戻った。海上を見てみると、利尻富士が全姿を現わしているではないか。晴れたのである。日は傾きかけていたが、洋上にすらりと浮かぶ利尻岳は女性的で、何か神秘的な美しさを感じさせてくれるものだった。稚内入港時刻は19時20分の予定だった。

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香深港から眺める利尻島


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