島紀行 Page -/-
Top > 国内の旅 > 島紀行 > 西表島 Copyright (C)
サイト内検索

西 表 島   (いりおもて) 
                                




   
鮮やかな花が咲いている            バナナの木 


紀行文「最果て紀行」(その6・西表島)

(沖縄本島より続く)
 朝、目覚めて屋上の甲板に上がった。左には石垣島が朝日を背にしながら、目の前に現れていた。あと1時間で入港である。今日は8月最後の日、空にはうすく雲が広がっていた。南国の生暖かい風が、体に伝わってくる。
 石垣島は面積約222ku、周囲約140q、那覇から約440q離れた、日本の最西南に位置する島である。西表島・波照間島・与那国島などの島々は、八重山諸島と呼ばれるが、石垣島はこれら八重山諸島の主島であり、行政・情報・交通の中心地である。
 島の沿岸には珊瑚礁が形成されていて、沖合いには干瀬が広がっている。地形学ではきょしょう裾礁と呼ばれるもので、海上に突き出た海底火山(島)のまわりにびっしりサンゴが埋まった状態である。八重山諸島はサンゴの島である。
 気候は亜熱帯海洋性気候に属し、年間を通じて温暖である。年平均気温は23.4℃、7月の最暖月においては28.5℃、年降水量は約2200oである。東京の年平均気温は15.3℃、年降水量が約1500oなので、東京と比べると気温も高く、雨量も多い。
 石垣港に定刻通り入港した。今日の宿泊地は、石垣島よりさらに約18q西にある西表島である。周辺の離島へ向かう船は、少し離れた離島桟橋から出航する。西表・波照間・与那国島はもちろん、小浜・鳩間・竹富・黒島への全ての船がこちらから出発する。離島桟橋に移動し、西表島までの切符を購入した。
 船は100名ほど乗れる船で、車は積めない高速ジェット船である。乗客は少なく、西表の大原までは約40分の道のりであった。西表島の港は大原、船浦、白浜の3箇所あるが、白浜は主に物資や車を運ぶフェリーのみ、しかも週1便の運航なので、大原や船浦が一般的な下船口である。大原、船浦へは1日十数本の船が発着する。西表島には飛行場がなく、船のみが西表島へ渡る唯一の交通機関であった。
 海が美しい。エメラルドグリーンである。サンゴで形成された群島であることを実感できる。海上に森が浮かんでいるような、隆起のない島・竹富島の沿岸を通り過ぎ、大原港に入港した。

 小さな港である。さらしのコンクリートの桟橋とほったて小屋の待合室があるのみで、あとは何もない。と、言い切ってしまうと語弊があるかもしれないが、イメージはそうである。前もってレンタカーを頼んでおいた。
『桟橋に車をおいておくので、その車で事務所まで来て下さい』
と、伝えられていたので、数台あるまわりの車を見渡すと、フロントガラスに名前の書かれた紙の貼ってある車があった。鍵がかかっておらず、荷物を入れて乗り込んだ。
「鍵がかかってないなんて、すげえな。」
「誰も持って行かないんだろ。」
まわりが海に囲まれている小さな島なので、たとえ盗んだとしても逃げられず、すぐに御用となると考えているからなのか。この世の中で悪行を働く人は誰もいないという思想が、西表島では広がっているのかもしれない。
 西表島は明日の夕方まで滞在し、翌日17時の船で石垣島に戻る予定である。2日間、西表島を周遊できる。ひとまず旅館に立ち寄って荷物を置かせてもらい、その後レンタカー事務所に寄って、手続きを済ませた。
 今日は浦内川を遡ってジャングル体験をし、明日は浜で泳ぐことにする。運転好きの友人・名(?)ドライバーにより、車はスピードを上げて、緑々としげる照葉樹林の中を浦内川ボート乗り場に向けて走り抜けた。
 西表島は沖縄本島に次ぐ大きな島で、八重山諸島の中では最大の島である。面積約284ku、周囲約130q、全島の約90%が亜熱帯の森で覆われ、イリオモテヤマネコを初めとして学術的にも貴重な動植物が多く分布している島である。
 車窓の山は「もこもこ」とした緑で覆われている。照葉樹林の特徴である。時々、川を渡ると、その川岸にはマングローブの木々がごっそり生えていた。
 浦内川に到着した。食事をとった後、乗り場でボートが出るのを待った。待合室と自動販売機がある小さな桟橋である。そのボートの中からはラジオの声が聞こえていた。それによると、台風13号が八重山地方に接近しているという。朝は晴れていた天気も、今は雲り空となっていた。
 10人程の乗客を乗せて、ボートは上流へと出発した。約8q溯り、そこからは約1時間かけて歩き、カンピレーの滝まで行く。ボートは亜熱帯林の繁る「ジャングル」を、モーターの音を高く唸らせながら前進していた。オヒルギと呼ばれるマングローブ林を眺め、ボートは右岸に近づいては離れ、左岸に近づいては離れと、蛇行しながら進んだ。
 20分程で上流の船着き場に着いた。ここからは徒歩である。樹木の生える山道である。途中にはサキシマスオウノキという名の珍しい木が生えていた。カーテンのような平べったい板状の根が何本も地面から生え、樹木の中程でそれらがつながって一本の樹木になっている。
 そろそろ歩き疲れてきた頃、マリュウドの滝が姿を見せ、続いて、カンピレーの滝が現れた。岩を滑るように流れる女性的な滝である。僕らはしばらく川で遊んだ。
 船着き場まで戻り、再びボートに乗って下流へと向かった。下流の船着き場に到着すると、小さなボートに乗っているおじさんが訛りの強い言葉で話しかけてきた。僕には言っている意味がよく分からなかったが、沖縄に何度か来たことのある友人が通訳してくれた。
「これから石垣島まで戻るんだけど、一緒に乗ってかないか。安くしとくよ。」
6〜7人も乗れば定員になってしまうようなボードである。今夜はこの島に泊まるので断ったが、たとえ石垣島に戻る予定だったとしても、あんなに小さなボートで石垣島まで渡るのは、ちょっと不安だった。
 旅館に戻った。泊まっていたのは僕ら4人だけのようである。日が暮れるには、まだ時間があるので、近くを歩いて散歩した。
 庭先には黄色や赤など色彩の鮮やかな植物が咲き乱れている。そして、緑色をしたバナナが何十本も実っている。南国に来たことを実感する風景である。頻繁に台風が襲来するので、沖縄地方では屋根を低くした造りになっていると聞いていたが、確かに家の大きさは若干小さいように思う。交差点の角には小さなスーパーがあり、その前では子供たちが遊んでおり、そのはしゃぎ声があたりに響いている。日暮れどきの、のんびりとした光景であった。


     
マングローブ(オヒルギ)         マリュウドの滝            カンピレーの滝           



 翌朝、8時起床。朝食をとりながらテレビを見ていると、台風13号が接近しているというニュースが流れていた。僕らは今日の17時発の船で石垣島に戻る予定にしていた。心配なので、旅館のおかみさんに聞いてみた。
「今日の船は出ますかね?」
「朝1番の便は出るということだけど、2便以降は未定だそうだよ。」
窓の外を見ると、大きなバックを持った人がぽつりぽつりと桟橋の方へ向って歩いていた。皆、台風が来る前に第1便で島を出てしまおうという人々である。天気予報では、『夜になればなるほど、風が強くなるでしょう』とのこと。悠長に飯を食っている場合ではなかった。第1便の出航時刻は9時10分である。あと30分もなかった。台風などの非常事態には西表島で缶詰めになっているよりも、交通の要所であって情報の集まる何かと便利な石垣島にいた方がはるかに安心だった。
 結局、第1便で島を離れることにした。慌てて荷物をまとめ、車の運転をしていた友人は急いでレンタカーを返しに行き、この宿でも船の切符を売っているということなので石垣島までの切符を買い、僕らは先に桟橋に行って友人を待っていた。
 桟橋には、どこからこんなに人が集まったのかと思えるほどの大勢の客が待っていた。すると突然、スコールのような激しい雨が降ってきた。頭の上から足の先まで、瞬時にずぶ濡れとなった。リュックもびしょ濡れである。そして、港には石垣島へ向う船が2隻入港してきた。50名程で定員になる小さな高速ボート船である。こんな天候のなか運航して大丈夫なのかと、不安に思う。
 レンタカーを返しにいった友人も戻ってきて、乗船となった。船内はすぐに満席となり、真ん中の通路にも数人が荷物を下に敷いて座っていた。皆、ずぶ濡れである。タオルを出して、頭を拭いたりしていた。一番前には荷物が置けるぐらいの台があった。そこはリュック等の大きな荷物が置いたあった。
「ここの荷物は、下に置いてください。船は高速で、揺れるので。」
乗務員のおじさんがそう言って、荷物を下に降ろさせた。船は揺れるのだろうか。この天候なら覚悟をしなければならないだろう。しかし、石垣島までは約40分であり、時間を考えるとたいした道のりではなかった。高速ボート船は、石垣島に向け満員の乗客を乗せて西表島を離れた。
 防波堤を越えて海に出ると、船はスピードを上げ、爽快に飛ばしはじめた。小型の高速ボートに乗るのは初めてだった。予想以上にスピードが出る。そして、スピードが上がったのと同時に、船が上下左右に激しく揺れ出した。「揺れ」というよりは「衝撃」といった方が適切である。小刻みに船が揺れていたかと思うと、突然船底でガツンと波にぶつかる音が響き、激しく左右に振られる。
 隣の女性が悲鳴を上げた。座っていても座席の前の背もたれに取りつけられている手すりにつかまっていないと、隣の人とぶつかってしまう。さらに時折、高速で波が高いために船がジャンプして、しばらく空中に浮く。浮いているときは、下腹のあたりがスーッとする。窓には、雨が激しくたたきつけられていた。
<とんでもない船に乗ってしまった……>
これに40分も我慢しなければならないのか。ところが、である。しばらくするとその衝撃に段々と慣れてきた。ジェットコースターのようで楽しくなってきたのである。波にあたる度に「そら、また来た!」、船が浮く度に「おーっ!」と、声には出さなかったものの、心の中ではそう叫んでいた。大型船の揺れとはまた違う揺れなので、酔いの心配は全くなかった。結構楽しめた船旅だった。

紀行文「最果て紀行」(その7・石垣島)へ



   島紀行のトップへ戻る