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雑誌名:「旅」 1995年11月号(第69巻第11号) P.122 発行:JTB・日本交通公社
  コーナー:思い出の駅弁     「温かくて素朴な「幕の内弁当」」
温かくて素朴な「幕の内弁当」 =東武鉄道・下今市駅=

 8年度歩前の中学三年の夏休み,両親の生家がある福島県の会津若松へ行った.その帰り,開通して間もない野岩線に乗ることにした.
 会津若松から会津鉄道に乗って会津高原まで行く.そこから野岩鉄道の浅草行き快速電車に乗り換えて,東京へと向かった.快速電車は4人掛けのボックスシートで,前の座席には50歳位の白髪混じりの男性が座った.
 会津高原を出発すると,電車は緑の山々に囲まれた県境を軽快に走った.そして,僕は前に座っていた男性と会話をするようになった.やはり東京出身だそうで,その日は会津高原まで日帰り旅行中とのことであった.流れる車窓を眺めながら様々な話を交わした.
 電車は東武線に入り,鬼怒川温泉のホテル群をかすめて徐々に山を降りる.下今市駅に到着すると,東武日光からやってくる電車と連結作業を行うため,電車はしばらく停車した.車窓からホームを見ると,肩からベルトをかけて弁当を持った販売員が,「べんとーう,べんとーう」と大声を上げ,車内を見ながらゆっくり歩いていた.
「弁当を買ってくるから,ここで待ってて」
 向かいに座っていた男性は,こういってホームに降りていった.
 しばらくすると,弁当とお茶を2個ずつ買って戻ってきた.
「お腹がすいただろう.食べなよ」
 こう言って,弁当とお茶を渡してくれた.弁当を開けてみた.すると,まだJRが国鉄だったころ,会津若松に行く途中でよく買った,懐かしい「幕の内弁当」であった.ご飯とおかずが箱の真ん中で区切られており,白米の中心には梅干しがひとつのっている.おかずは煮物とフライと漬物が入っている素朴な弁当であった.
 正直言って,この弁当の味はあまり期待していはいなかった.昔買った幕の内弁当がおいしかったという記憶もない.ところが,ひと口食べてみてびっくり.弁当は温かく,ご飯は炊きたて.おかずの味付けも良かった.素朴な中にも真心が感じられた.こんなにおいしい弁当を食べたのは生まれて初めてだった.あっという間に全部平らげてしまった.
 その後も,ときどき野岩線に乗って帰郷するが,下今市駅に到着すると,「べんとーう,べんとーう」という声が今でも聞こえてくる.この声を聞くたびに,おいしかった幕の内弁当のことを思い出す.そしてまたいつか食べてみようと,いつも思う.

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